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離婚について

結婚する以上、はじめから離婿のことを考えるひとは、おそらくほとんどいないにちがいありません。
全くいないわけでないことは、手段として結婚するひとのなかに、離婚による慰謝料や財産分与をめあてにするひとがいることからもわかりますが、まず、ふつうは、結婚するときに離婚を予想することはないといってよいでしょう。
ところが、結婚について論ずるときに、かならず離婚についてふれ、離婚は自山であるべきだ、と主張する学者もいるのです。いったい、この離婚の自由とはどういうことなのでしょうか。
じつは、離婚の自由をうたう考え方には、それなりの理由がある、ということができます。
とくにヨーロッパでのキリスト教による結婚観、つまり、夫婦は神が結び合わせたものであるから、結婚したものは永久に別れてはならない、という思想が、結婚の現実を無視し、不幸な結婚に夫婦をしばりつける原因となってきたことに対する、反動としてあらわれたのが、離婚自由説であった、と考えられるからです。
まえにもふれたように、イギリスでのように、いまでも離婚がかなりきびしく制限されており、別居生活をつづけている事実上のやもめが大勢いるところでは、この離婚自由論も、それなりの意義をもっているといえましょう。
しかし、すでに旧民法のときから、当事者の合意さえあれば自由に離婚できる協議離婚制をもっていた日本では、離婚の自由をとなえることは、むしろこっけいの域をでないものというべきでしょう。
今日、日本で考えられなければならないのは、逆に、無責任な離婚をへらすような方法である、といえるほどなのですから。
協議離婚制は、新民法にもそのままうけつがれ、かつてと同じように、女性側に不利な結果をもたらしている、といわれています。
つまり、協議離婚の大部分が、慰謝料や財産分与の面で、女性に不利なかたちでおこなわれているだけでなく、夫が自由に妻を離婚できる制度とかわりがない、ともいえる面をもっているからです。
もちろん、妻がみな、家庭裁判所を利用すれば、協議離婚制は有名無実になるはずで、そのかぎりにおいて、協議離婚制は夫に離婚の自山を与えるものといえなくなることはじじつであるといえましょう。
これを読んでいれば、出会った人はあなたから離れられないかも。
さいきん、欧米先進国のほとんどにこの制度がないことを理由に、日本においても離婚はこれら先進国なみに裁判離婚にかぎったらどうか、といった意見がだされています。
こうした意見が、さきの離婿自山説と全く正反対の立場に立つものであることはいうまでもありませんが、自由説といい、制限説といい、いずれも一面的な考え方でしかない点では、大同小異といえましょう。

出典元:結婚相談所 選び方

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