panelarrow

離婚の原因の多くは愛情の問題

結婚が家族制度である以上、それがあたかも結婚する二人だけの問題であるかのように、結婚も離婚も自由であるべきだなどと考えることがあやまりであるのと同じく、明らかに離婚したほうが幸福であると考えている夫婦でも、裁判によらなければ離婚ができないとすれば、それは家族制度による人間の束縛を復活するあやまりをおかすことになってしまいます。
協議離婚が、真に協議のうえでなされるかぎり、この制度は現代の結婚にふさわしいものと考えてよいでしょう。
裁判離婚の制度もあるわけですから、もし協議がととのわなければ、いつでもこの制度を利用できるよう、すべてのひとがそれについて知ってさえいれば、協議離婚の欠陥は十分補われるはずなのです。
もし、裁判離婚の制度を知らず、協議離婚制悪用の犠牲になるとしたら、それは無知による犠牲でしかなく、結婚というものについて軽率な考えをもっていた結果であるというほかないことになります。
その意味でも、離婚に関する知識は、たんに離婚のときのためだけでなく、堅実な結婚のためにもぜひ必要なものであるといえましょう。
それは、結婚するものが、結婚について真剣に考える以上、どうしても知っておかなければならない結婚にともなういろいろな要素のひとつをなしているからです。
たとえば、離婚の自由をとなえる主張の根拠として、愛情の問題があげられることがあります。
また、離婚の原因のかなりのものが、この愛情の問題に関係があるじじつも無視できません。つまり、これは、夫婦愛に関係してくるのです。
夫婦は愛情によって結ばれるものでなければならない、という説があることについてまえにも述べましたが、この説が、愛情を失った夫婦は別れるのが正しいと考えていることをおもい出していただきたい。
素敵な結婚相手を見つけても結婚後に問題は発生した場合、ここに書いてあるように意外と改善に手間がかかります。気を付けましょう。
われわれは、すでに、夫婦愛とは愛傭というよりは知性による和互理解によって芽生えるもの、であることをみてきました。
それは、愛情があるから夫であり妻であるのではなく、夫であり妻であることによってはぐくまれる性質のものであったわけです。
夫であり妻であるかぎり、夫婦愛は失われるのではなく強化されるべきものなのです。

参考:

Comments are closed.